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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

渓流にて 

2011/09/20
Tue. 02:01



友人は、何度も戦場に赴いたような脛当てと水陸両用靴のようなものを身につけると、木々の間に生い茂る細い枝や蔓などものともせず、慣れた足取りでひょいひょいと歩き、使い古したテニスシューズの僕を置いて行く。まるで仙人の後ろ姿を見るようだった。
川のずっと上流の方、僕と友人はイワナを釣るためにいくつもの山を越えてここまでやってきたのだ。

腕に擦り傷をつくり、蜘蛛の糸を顔にひっかけ、黙々と友人に遅れをとらないように進むと、やがて川に出た。
残暑と日照りで水量は劇的に減っていたが、岩を洗いながら流れる澄んだ水はやはり人里離れた渓流だ。

竿に仕掛けをつけてもらう。
最後にちゃんとした釣りをしたのは思い出せないほど遠い昔で、釣りの用具も経験的知識も持たない僕は、すべてをこの友人を頼ってきている。
なにせ虫の苦手な僕のために、ブドウ虫という、どうにもこうにも虫嫌いのすべて人の悪夢に出てくるような姿をした餌を針につけるところまでやってくれるのだから、その日の伴侶のようなものである。

何度かポイントを変えて竿を振っていると、小さなアタリが手に伝わった。軽く竿先を合わせると激しく揺れる振動に変わる。
それは野生の命の手応えそのものだった。そこには欺瞞も冗長も諧謔も存在しない。

イワナの色は鮮やかに濃く美しかった。
弾力に富む体をやさしく両手で包んで水に放すと、力強く尾びれを振ってびゅんっと還っていった。


IMGP3092.jpg


緩くなっている川面に小さな波紋が散った。
天を仰ぐ。
雨だ。
太陽が姿を隠したのはほんの一時間ほど前のことだ。
山の天気は変わりやすい。僕たちは竿をたたみ、車へと急ぐ。
雨はすぐに本降りとなった。
ああ、めんどくさいなあと思うのと同時に、どんどん降って山を潤してほしいという願いも、僕だけでなく友人の胸にもともったはずだった。


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2011-09