ASHINO KOICHI +plus
彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ
シトロンのボルシチ
2013/04/30
Tue. 01:31
「シトロン」という小さな洋食屋があった。いまも私の洋食屋史上、燦然と頂点に輝いているお店だ。
ここのボルシチは、本当にもう絶品だった。
主な材料は、記憶によると、ビーツ、スネ肉(だと思う)、セロリ、椎茸で(にんじんも入っていたかもしれない)、それらは小さく、あるいは細く、あるいは薄く、上品に刻まれ、ルビー色のスープの底に沈んでいた。
ついてくるのはサワークリームではなく、とろっとした生クリームで、それをまわし入れると、ルビー色がピンク珊瑚のような色に変わった。
そして味。とにかく味である。味なのだ。形容しがたい深みのある新鮮でまろやかな味は、粗挽きのブラックペッパーが良い脇役となってさらにコクを増し、大脳皮質の味覚野を猛烈に攻めてくる。
食べ終わったころにはもう、めっためたにやられている。打ち負かされた感がすごい。
こちらに出てきてから、東京、横浜、目についたロシア料理店にその味を求めて入ってみたが、いまだ出会えていない。

「シトロン」はいまはもう無い。
ふと、あのボルシチを食べたくなるときがある。あの味にはまるで及ばないが、そんなときは、ビーツを求めて、あらゆるスーパーをはしごするのだ。
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