ASHINO KOICHI +plus
彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ
彼の地(6)
2018/04/25
Wed. 04:23
最後に訪れた茶屋街は、まるで目に見えぬ何者かのおとないを拒むかのように、ほとんどの店が暖簾を下ろし、戸を閉めていた。
行灯だけが、その見えざる者のための道標のように濡れた石畳を照らしていた。
見えざる者が自分のすぐうしろにいるような気がした。
振り向いてはならない。そう肌で感じた。
ギリシャ神話では振り向いてしまったがために妻をふたたび失うことになってしまった男がいたではないか。
妻のない私はいったい何を失うのか。

気がつくと川のほとりにいた。
背後から他所の国の言葉が聴こえる。
観光をしている外国人家族のようで、父親らしき男がこちらに向かってカメラを構えていた。
フレーミングの邪魔になっているだろうか、もしかしたら構図として私を必要としている可能性もある。動くべきか動かざるべきか判断に迷っていると、シャッターが切られる音がした。
目に見えぬ何者かが写っているかもしれない。
そんなことが気になりながら駅までの道を歩き始めた。
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