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ASHINO KOICHI +plus

彩書家・蘆野公一の日々のつれづれ

絶体絶命 

2015/01/16
Fri. 02:33



知人数人と絶体絶命の話になった。
小学校時代の失敗を話す者、酒の席での過ちを話す者などいたが、私の「絶体絶命」が僅差でグランプリに輝いた。


その日は私の二十何回か目の誕生日だった。

私と友人は、狭い1DKの我が家にいて、食後のまったりとした時間を送っていた。
美味しい料理、ケーキを食べ、シャンパンも飲んで、ほんとうに気分が良かったのだ。

そんな折、私はトイレに立った。
友人は居間にいて、私はひとり便座の上で黙考する。
ほどなくして、居間の電話が鳴った。
当時の私は、部屋にいるときも必ず留守電をセットしていて、誰か判ってから出るというシステムを敷いていた。その日も例外ではなく、というか解除するのをすっかり忘れていたことに気がついた。
これは非常にまずい事態だと思った。
23時くらいに、宅配便の電話もセールスの電話も勧誘の電話もあるわけがない。それに今日はスペシャルな日なのだ。
様々な人たちの顔が脳裏をよぎる。このせっかくの夜を、まったく正反対のものへと変えられる魔力を持つ者もいる。

電話は鳴り止まない。もうすぐ留守電メッセージが流れるだろう。いま即行後始末をして電話に向かってももう遅い。腹をくくった。かけてきた主が何も言わずに切ってくれることを願うばかりだった。

メッセージが流れ、録音可能状態に入った。

母親だった。
まあ、最悪はまぬがれた。ほっとした。

のも束の間だった。

「誕生日おめでとう」という言葉の後に、母は、何をどう血迷ったのか "Happy Birthday to You" を歌い始めた。
背筋が凍った。それも、教会でアカペラ・ソロやってんのかと思えるほどの大声量でだ。トイレのドアを通しても、がんがん響いてくる。
母は、たまに著しく想像力を欠くときがあって、よりによってその時がそうだったのだ。

母親を遠隔装置で爆破できないものかと真剣に考えた。
父親は隣で、今日もご機嫌だねハニー、なんて生温い目をして母親を見ているに違いない。おい、父親!父親らしくする絶好の機会だぞ!そこにいるんだろう!早く母親のスイッチを切ってくれ!頼むから!いますぐに!と思った。
友人も電話の傍にいるのがいたたまれなくなって、トイレの前に来て、「お母さんから電話だよおぉぉ」とものすごく困った声で言う。
わかってるから!わかってるから!聴こえてるから!母親の歌声に負けない大声で便座に座ったままこたえる。父親が責務を果たさないようなら、もう私が、母親が歌い終えるまで、彼女を上回る声量で友人と話すしかないと思った。
なぞなぞしよう!でっかい声なぞなぞ!二人ともでっかい声でなぞなぞすんの!じゃあ俺からいくよ!
便座の上で私は叫んだ。



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翌日、私は実家に電話し、私の精神を危機に陥れ、夜を台無しにしてくれたお礼を言い、それから何年か一切の連絡を絶った。


 

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